ページの先頭です。 メニューへ メニューを飛ばして本文へ
桑折町観光ガイド > 桑折ことばむかしばなし検証 第6回「一本石」

桑折ことばむかしばなし検証 第6回「一本石」

印刷用ページを表示する 掲載日:2011年6月1日更新

桑折ことばむかしばなしを検証 第6回「一本石」
「桑折ことばむかしばなし」10ページ(平成3年発行すでに絶版)

川向いの、昔の名での伏黒村あだりは、大きい石があっちゃこっちゃにあって、その石のいろいろな話、今でもうんと伝わってんのない。
私は、伏黒村がら嫁に来たんだげんとも、私の知ってんのは一本石っていって、その土地の名前も一本石ってなっててそこに随分古くからこだ昔話あったのない。

あるとき、村の若者たちが集まって、いろいろしゃべっていだっけ、いつの間にか冗談がほんとのごどになっちまって、昔からだれも手をかけたことのない一本石、堀起ごしてみっぺなんて方さ話進んじまったんだどい。

「なに、あの一本石堀起ごすんだど。このやろめら、馬鹿語ってんでねえ。あの石の素性知ってんのが。あの石は向いの半田山さ続いでる神様の石だって、昔がらいわっちんのに、ほだごどしたら、村中水びだしになっちまうがんな。」
「止めろ。どうが止めでけろ。神様のばち必ず当だっから。」なんて言わっちゃんだどない。
そんでも若いもんは、やっぱり考え今の時代ど同じで別だったがら、
「そだごど、掘って見ねっか、うそだかほんとだか判んねえべ。」
なんてさわぎ立てて、次の休みの日を待ちかねでいたんだどい。

いよいよ休みになっと、若い者集まって来て、一本石のぐるり(まわり)の土はぎ(掘り)はじめだんだない。若い者は力任せで、交替でやるもんだから、土の所はどんどん掘ったどい。そうして石のまわり見っとその石は、なんだか大川(阿武隈川)の方さつながるみたいになってで、そのはるか先さは半田山がすわっていたんだど。そんでも若い者らは石の根っこの方うんと掘ったんだげんとも、だんだんくたびっち来て、だれ言うとなく、

「やめっぺえ、わがんねで。」
「こんじぇ、今日んとこは終わりだなや。」

なんて言うといっせいに、鍬だの唐鍬でまわりの土、石のきわの穴さ入れにかがったんだない。土掘りは力も手間もかがっけんとも戻すのは、そうかがんねえのない。元さすっかり戻すと、一人二人とその場立ち去って行ったんだどい。それがらっていうもの、「一本石は、半田山さ続いでんだ。んだがら一本石動がしたり掘ったりすっと半田山動ぐぞ。」ってみんなで朝夕に西の方の半田山仰いでは崇めで来たんだどい。

我々取材班は、半田山にまつわる一本石を探すべく、現地に向かいました。詳しくは町HPへ

厳冬の1月、我々取材班は、以前伊達市伏黒周辺で働いていた人から一本石の存在を確認しました。また、伊達市伏黒地区に「字一本石」という地名も確認。伊達市の伊達東公民館の南側に石があるらしい。取材6回目にして初めて目的地に自動車で乗り付けることができましたが・・・

伊達市伏黒字一本石周辺の写真

伊達市伏黒字一本石周辺

半田山に続く石だと聞いていたので、かなり大きな石だと想像していてすぐに見つかるかと思いきや、果樹畑と住宅ばかりでなかなか見つけられません。

近くで農作業をしていたお母さんに藁をもつかむ思いで一本石について聞いてみました。

伊達市伏黒字一本石周辺の写真

とても親切なお母さんで一本石のある果樹畑まで案内してもらい、

石の所有者の蓮沼さん宅も教えてもらいました。

一本石の写真

そこには縦100cmほどの石が鎮座していました 後方に見える山が半田山

一本石の写真

手前のコンクリートブロックと比較するとその大きさがわかります。

一本石の写真

横からの一本石

果樹畑の隣が石の所有者蓮沼さんのお宅なので話を伺うことができました。

蓮沼さんが生まれるずっと以前に、一本石の周りを2m近く掘った事があり、地表に出ているのはほんの一部分だったとのことでした。一本石の周りを掘った話は蓮沼さんの先祖も関係していたようです。

字一本石から望む半田山の写真

字一本石から望む半田山 大川(阿武隈川)を越えて半田山までつながる巨石伝説

取材を終えて

字名が一本石となっており、地元では半田山と巨石の関係が知られていたのにかかわらず、桑折町在住の私達にはあまり知られていない話でした。
自然や天候が、当時の生活に密接に関係しており、自然を信仰する話の延長が、一本石が半田山までつながっている話になったと思います。
一本石とつながっている半田山。半田山で一番大きな岩「三角岩」を、近いうちに掲載します。

次回は「弘法水」です。