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法圓寺
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更新日:2026年1月5日更新
街道と梁川新道通りの交差点がある一帯が北町。
その西側の町並みの奥にある法圓寺には、1689年(元禄2年)に当地を通った奥の細道行脚の芭蕉が詠んだ「風流の初めや奥の田植唄」の真蹟が埋められたという「田植塚」があります。
芭蕉を慕う桑折の俳人・佐藤馬耳(ばみ)が享保4年(1719年)に、その霊魂を祀り「芭蕉翁」と刻んだ碑を建てたもの。
馬耳は本陣をつとめた佐藤佐五左衛門宗明(襲名して第4代新右衛門)の俳号。芭蕉門下の中心的存在だったといわれ、仙台藩主伊達吉村とも交遊があった文化人です。

