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桑折町と伊達氏
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更新日:2026年1月5日更新
伊達家の国づくり
平安時代末期、信夫・伊達両郡は、平泉文化を築いた平家の奥州藤原氏と先住豪族大鳥城主信夫佐藤氏の領地でした。
文治5年(1189年)、鎌倉政権の統一をはかるため、源頼朝と常陸入道念西(伊達朝宗)は、源平の奥州合戦で藤原氏を滅ぼしました。頼朝に仕えて戦った朝宗一族は、頼朝の命により常陸国(茨城県)から国替えし、伊達郡の中心地桑折を本拠地として、伊達家が誕生しました。
桑折に入部した伊達氏の初代朝宗は、頼朝から与えられた瓦を使って立派な寺を建てました(満勝寺)。その後も、桑折を中心とした地域に城を構え、その代表的なものが9代政宗の赤館であり、14稙宗の西山城です。満勝寺の跡は、朝宗の墓所となっています。
(「桑折学のすすめ~郷土愛を育むために」より引用)
桑折西山城跡(本丸)


